剥いて食べるより美味しい柑橘ジュースを追い続けて
〜試行錯誤が産んだ職人技〜
佐賀県太良町のオレンジロードから看板に沿って一本入ると、古き良き農家風の日本家屋が立ち並ぶエリアが見えてきます。その一角に「田島柑橘園&加工所」はあります。代表は田島彰一さん。柑橘の産地である太良に生まれ、100年続く柑橘農家の二代目であると同時に、「贅沢絞りの完熟ジュース」をはじめ、「プロトン凍結の冷凍ジュース」、「柑橘ワイン」の他にも、柑橘を絞った皮を活用した「柑橘アロマ」や「完熟ジャム」などの加工品の開発販売も行っています。
73歳の現在も精力的に新事業に取り組まれ、素晴らしい職人技を頼って各地から依頼される試作品作りも請け負う田島さん。フレッシュな柑橘の香りに包まれた田島柑橘園の加工所で、これまでの楽しい歩みとこれからのビジョンについてお話してくださいました。
ーー柑橘ジュースを作ろうと思ったきっかけを教えてください。
私は柑橘農家としては二代目なのですが、そのころの柑橘ジュースは本当に美味しくなかったんです。商品にできないからジュースにする、という農協だった。それで、20代の頃から「美味しい柑橘ジュースを自分の手で作ってみたい」と試作品作りを始めました。ただ、その頃は美味しく絞る技術もなくて、正直なかなか自分が求めるレベルには達することができませんでした。どんなに美味しい柑橘を作っても、ジュースにするとどうしても味が落ちてしまいます。そんな時、スペイン大使館の方に紹介を受けたご縁をきっかけに、柑橘の先進国であるスペインに学びに行くことになりました。そこで出会った家庭用ジューサーに惚れ込んで、「ジューサーと柑橘を一緒に売れば、誰でも美味しい柑橘ジュースが家で楽しめるようになるんじゃないか」と思ったんです。たぶん250台以上は売ったんじゃないかと思います。
ーー柑橘をジューサーと一緒に売ってしまうなんてすごいアイディアですね!
ジュースはやっぱり搾りたてが美味しいんですよ。だから、はじめはお客さんにうちの柑橘をジュースで楽しんでもらうにはその方法が良いと思ったんです。実演販売していると、お客さんが柑橘の爽やかな香りに引き寄せられて足を止めてくれるんです。そこですかさず搾りたてのジュースを飲んでもらうわけです。市販のジュースとは比べ物にならない美味しさですから、皆さんビックリしてくださいます。福岡に持っていった時は、本当に飛ぶように売れましたね。並んでくださっている方が他のお店の前まで迫り出してしまうほどでした。それと同時に、加工所でのジュースの生産に本格的に取り掛かかるためにスペインの大型ジューサーを導入して、より美味しい果汁が絞れるように試行錯誤を重ねていきました。
ーースペインとの交流は今も続いているのですか?
はい。コロナ以前には、2年に1度くらい新品種の勉強会を開くためにスペインから来てもらったり、こちらからもスペインへ研修に行ったりしていました。2012年には、スペインでお世話になっている農園の息子さんが9ヶ月間、我が家にホームステイして日本語を学び、日本とスペインとの架け橋になる、と頑張ってくれました。私には4人の息子がいるのですが、「僕を5人目の息子にしてください!」と言ってくれたこともあるんですよ。2015年の9回目となるスペイン研修は、彼の通訳だけで十分でした。スペインとの交流が始まって30年ほどになりますが、なかなかに深い交流を続けられていることが嬉しいです。
ーー田島さんの柑橘ジュースは全てスペイン製のジューサーで作られているのですか?
いいえ。2007年からスペイン製のジューサーを導入してジュースを作っていますが、元々の絞り機では様々なサイズの柑橘に対応できなかったんです。その欠点を補うために、柑橘の大きさや種類にぴったりの型を作ってみることにしたんです。そうして出来上がったのが、世界でうちだけの五段階絞り機です。2Sサイズの極小みかんから甘夏等の4L5L サイズの柑橘まで、「剥いて食べるより美味しく絞れるジューサー」だと自負しております。完熟した素材の美味しさと香りを最大限に生かし、皮の苦味などの雑味が入らないように一つの果実から絞るのは全体の重さの25%だけにして、かなり贅沢な絞り方で作っています。もちろん、保存料、香料、着色料などは一切使っていない、果汁100%のジュースです。完熟ジュース「セニョリータ陽子」は、ジュースを始めて2年目に、日経新聞「夏のお取り寄せジュース」で1位に選ばれました。次の日に残っていたジュース2000本が売り切れました。
ーーそれでセニョリータ陽子はJR九州の「ななつ星」に運行開始から車内ドリンクとして選ばれたとか?
そうなんです。光栄なことに、今では完熟ジュースの他のラインナップからも「或る列車※1」や「36+3※2」などでなどで使ってもらっています。実は、今も新しいブレンド、品種、サイズに挑戦し続けていて、柑橘以外の果物や野菜を使ったジュースも研究開発しているんです。
ーー瓶詰めの完熟ジュースシリーズに加えて、2018年からは冷凍ジュースも販売されているんですね。
柑橘から雑味のない美味しいジュースが絞れるようになると、今度は搾りたての味をいかにそのままお客様の元に届けるか、そして長い間味を落とさずに提供できるか、ということを考えるようになりました。色々な方法を試してみた中で、「冷凍ジュース」がダントツに美味しかったんです。ただ、冷凍ジュースはコストがかかるので、周りからは「容器にお金がかかりすぎるから儲からない」、「冷凍は採算が合わないからやめた方がいい」と散々言われました。でも、搾りたての柑橘ジュースの美味しさをそのまま家庭に届けるには、やっぱり冷凍ジュースが一番だ、という信念は揺らぎませんでした。そこから試行錯誤を重ねて、果実の細胞を傷めずに急速凍結できるプロトン凍結機を使用し、水分と果汁の分離がないので、溶けはじめから飲み終わりまでムラなく美味しく飲める冷凍ジュースが出来上がりました。
販売開始から色々賞をいただきましたが、2019年にフード・アクション・ニッポン アワードで、「AJIOH 食べるより美味しい冷凍ジュース クレメンティン」を星野リゾートさんが選んでくださったんです。ここ最近では一番喜んだ出来事だったかもしれません。冷凍ジュース作りは試行錯誤の連続でしたから、これまでの努力が報われたような気がして、とても嬉しかったです。
ーークレメンティンとはどんな柑橘なのですか?
クレメンティンはマンダリンの一種で、香りが大変良い小ぶりの柑橘です。皮が薄く、果肉は締まっていて果汁も多く、甘みが強くて程よい酸味もあります。私はクレメンティンの香りも味もとにかく大好きなんです。スペインでは広く栽培されていますが、花が小さいので、雨が多いと花が落ちやすく、実になりにくいので、日本での栽培の難度は高いかもしれません。
ーークレメンティンは元々作っていらっしゃったのですか?
元々は温州みかんを作っていたんですが、昭和43年にみかんが大暴落したんです。土方で石割りの仕事をして、なんとか日当で切り抜けていた時期もありました。このままではいけない、と外国の柑橘を10種類テストした中で、太良の環境に合わせて栽培方法を工夫していった中で、美味しくできたのがクレメンティンだったんです。今も日本では希少種と呼ばれる様々な柑橘の栽培に挑戦しています。
ーー柑橘の栽培中に気をつけていらっしゃることは何ですか?
園内では可能な限り農薬を使わずに栽培しています。防除も8月までの散布で、お客様に安心して口に入れていただけるものを作っています。また、収穫した柑橘は水洗いをしません。防腐剤を散布しないので洗う必要がないんです。洗うとどうしても傷んでしまいますから。全て完熟で収穫しています。
ーー本来なら捨ててしまう柑橘の皮を活用した商品があるとか?
絞った後の皮を使ったアロマオイルを作っています。加工所で『スペインの味と香り体験』を行っているのですが、お客さんが絞ったあとの皮を見て、「こんなにきれいな皮なら、アロマオイルを作って欲しい」って言ってくれたことがあったんです。やってみてって言われたら、やってみる性格ですから、すぐにアロマオイルのことを調べ始めました。調べていくうちに、水蒸気蒸留で作れば光毒性がない柑橘のオイルができると知って、色々試してみたんです。
ーー光毒性とはなんですか?
柑橘の皮を圧搾して作ったアロマオイルには、肌についた状態で日の光に当たるとシミになってしまう成分が含まれているものが多いんです。うちがやっている水蒸気蒸留法では水に溶ける成分しか含まれないので、光毒性がなく安心して使うことができます。現在では、18種類のアロマオイルを作っています。実は私が一番好きな香りがクレメンティンなので、クレメンティンの皮からアロマオイルを作ってみたんですが、思うような香りが出なかったんです。でも不思議なことに、ポンカンで作ってみたら、フレッシュのクレメンティンに似た香りができたので驚いたこともありました。そういう思いもよらない結果になるのもアロマオイルの面白い所だと感じています。
ーークレメンティンの皮は別の活用法があるのですか?
皮を使ったジャムが人気です。お菓子やプリン、ゼリーなどにも使ってもらっています。実は、あるパティシエの方に、「クレメンティンの皮のペーストを作ってくれないか」と頼まれていて、今試作をしています。今はフランスから輸入しているものを使っているそうですが、うちのクレメンティンを気に入ってくださっているので、皮ペーストも作ってみています。
ーーパティシエの方のように、田島さんの技術力を頼って依頼をされてくる方はたくさんいらっしゃるのですか?
ありがたいことに、全国から様々なご依頼が舞い込んできます。柑橘に限らず無添加で作る野菜や果物ジュースの試作や、新しい商品開発のお手伝いなどをお願いされることも多いです。「やってみて欲しい」と言われると、「やってみよう」となってしまう性格なんです。私は失敗からわかることが大切だと思っています。誰かがもうやってしまっていることを後追いすることには興味が湧かないんです。誰もやってないことしかやりたくないんですね。競争しない道を探すのが好きなんですよ。私は農協の部会長や、理事、シトラス会・家族協定等をやっていた時期なんかもありましてね。そんな役をやっていたら「お互いにトントンにやりましょう」と言うのが一番うまくいきますから。そう言うふうに仕事をしていたら、どんどん依頼されるようになってしまった、と言うだけなんです。
ーーこれからやっていきたいことは何ですか?
今力を入れているのは、サングリア(ワインに果物やスパイスなどを加えたフレーバードワイン)のキットなんです。一般のサングリアはどこにでもあるんだけど、うちは冷凍ジュース開発で培った急速凍結の特許技術で作っています。あとは、加工所の整備を進めて、トイレや駐車場を完備して、もっと体験型のイベントを充実させたいんです。例えば、うちがやってる「スペインの味と香り体験」に興味を持った人が太良に来てくれたら、太良に泊まってくれるかもしれないし、帰りに道の駅によってお土産を買って帰るかもしれません。そんな風に全てが循環して全体で豊かになっていければ、と思っています。あとは、みんなが内側も外側も健康に美しくなる、体に良いものをこれからもどんどん世に出していくつもりです。
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田島さんのお話の中で印象的だったのは、「誰もやっていないことをやることで、競争しない道を常に探すこと」、そして「内側も外側も健康に美しくなるものを世に出していく」と言う2つの言葉です。競争が過酷な市場で疲弊していくのではなく、自分だからこそ作り出せる価値ある商品に適正な価格を設定して、ブランディングすることで、その価値を理解してくれる相手にしっかりと届く仕組みを新たな市場に作ってしまった田島さんのビジネスセンスは本当に素晴らしいと感じました。それもこれも、元々の田島さんが「内側も外側もお健康に美しくなるものを世に出していく」と言うぶれない信念をお持ちだからこそ、ここまで圧倒的に支持される商品作りができるのだ、と思います。田島さんが最後に話してくださった、「加工所を起点に全てが循環して太良全体で豊かになっていきたい」という言葉に、これからの時代を生き抜くヒントがいただけたような気がします。田島さん、お忙しい中お話を聞かせてくださって、本当にありがとうございました。
田島柑橘園加工所
※1 ※2 JR九州の観光列車、「D&S(デザイン&ストーリー)列車」とも呼ばれる
Text:野田 早百理
1982年福岡生まれ。23歳でドイツに移住し国際線CAとして乗務。29歳で帰国し、英語系YouTuberに。2021年4月から夫婦で唐津市七山地域おこし協力隊に就任し、デジタル手描きの『ななやま新聞』を毎月発行。3人の子どもたちと古民家での田舎生活と菜園ライフを満喫中。趣味は自然派スキンケアの手作り。
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